2010年10月22日金曜日

カフカのぬけがら


ベルリンの友達にさよならをして、朝の5時の列車でやってきました、

チェコ、プラハです!!


体当たりでホテルを決めて、そのまま観光へ、




カレル橋とプラハ城

このお城は過去のチェコの王様が住んだお城、そしてなにより、カフカの家がお城の敷地内にあることで有名です☆


しかーーし、


チェコについてすぐ、脇目もふらずカフカの家に行ったのに、



ものすごい楽しみにしてたのに、、



なーんと、temporally closed!!!



間違いなくこっちの滞在の方がtemporallyだ!






自分の引きの悪さを恨みつつ、もう一回夜にチェコ城に行き撮った写真がこれ、





夜景の写真は、カメラのマニュアルモードで撮っているんですが、これがなかなかの曲者。
シャッタースピードとフォーカスを自分でやらなければいけないので、何回も撮り直したり骨が折れるんです。兄・豪と領有権を巡って争っている(9割以上豪の。笑)カメラも早く使いこなせるようにならねば。(そしてあわよくば。笑)







この躍動感好きです。
目隠しをしているのがツボでした。








さぁ、次はポーランドのクラコフからアウシュビッツへ。


チェコはポーランドへの中継点、友達もいないので.


新年を日本で過ごせるようにスピードあげなきゃ!






2010年10月19日火曜日

Potsdam


結局、ベルリンには4日いたのですが、時間があったのでポツダムにも行って来ました。

電車で一時間でした。

第二次世界大戦が終わった場所で有名な場所、

i've spent 4days in Berlin after all.

but since i had enough time, i went to Potsdam in the suburb of Berlin by train.

this is the place where the havoc, world war II was brought to an end.


    
この建物で会議が行われポツダム宣言が調印されたんです、今はホテルになっています。
ちなみに4つ星です☆☆☆☆

this is the building where the Potsdam declaration was signed.

now it's been used as a 4 stars hotel.





大きい宮殿と印象的な階段
a big palace and impressive loooong stairs








たくさん観光客がいました。

there were a lot of tourists.




ベルリン4中のみなさんと (適当)



ポツダムは大きな公園に囲まれたとても静かな街でした。
歴史の一場面をつくった場所にはとてもみえませんでした。
個人的にはベルリンより綺麗な街だったので、ベルリンに行くときはぜひおすすめです!


Potsdam was really tranquil city and surrounded by a big park.
it didn't look like it was the place changed history.
Personally,i prefer here than Berlin as it was really historical and peaceful as well.
please try if you have a chance to go to Berlin!!


次はチェコですーーーー!友達はいないけど、、、


next destination is the Czech Republic,i don't have any friends there though.....


おやすみなさい!


good night!


2010年10月17日日曜日

約束の地を求めて


人はどこに自分の幸せを見つけ出すのか!



例えば、生まれた瞬間から肩身の狭い思いをしなければいけないとして、

特定の民族の中に生まれた事で、他の民族より劣っていると烙印を押されるとして。

それでも、人々は幸せを見つける事ができるのでしょうか???



僕一個人にとっては、日本人である、ということを自信を持って人に言えないとすればそれはとても辛い事ですし、そういう仕組みの世の中を少なからず恨むことでしょう。



しかし、ユダヤ人であるアンネは自分の日記の中で、自分の民族を認め、他の民族を憎むことなく、自分の幸せまたは、世界の幸せにまで思いを巡らせ日々を生きた事を記しています。
どんなに過酷な状況の中でも人は幸せを見つける事ができると、彼女は伝えています。



ユダヤ人の迫害の歴史は遠い過去のバビロンの時代まで遡りますが、そしてそこから中世の十字軍、ホロコーストと続いていきます。悲しい事に日本人にとっては、ユダヤ教と聞いてもあまりピンとこないことが多いと思います。しかし、なぜここまで歴史的に虐げられて来たのか。

ドイツの同盟国として戦争に参加した日本人はもう少しこのなぜを知る事が必要なのではないか?
と僕は思います。




そういう点で、ベルリンを訪れるという事はとても意義のあることでした。
というのも、ベルリンにはたくさんの戦争に対しての博物館や記念館、ユダヤ人に関する施設などがあり、単純に過去の事実を知る事ができたのもそうですが、やはり彼らドイツ人ができるかぎり世の中の人々にみてもらおうとしている、その姿勢に触れる事ができたからです。そこからはある種の戦争の当事者として責任の様なものを感じる事ができました。

その点日本はどうなんでしょうか??

今まで日本でうけて来た教育では、あまり日本のした悲惨なことへの比重は重くなかったような。


今日本では英語の教員をアメリカに留学させるプログラムを国をあげて進めているようですが、歴史の教師にも同じこと、歴史の上で重要な事が起こった場所には積極的に派遣するべきです、まぁ国のお財布の事はなんにもわかりませんが。。むむむのむ。






そして、

ソーセージが!!


ちょーーーーーーづめが!!!!!


こんなにおいしいとは!!!!!!笑


2010年10月16日土曜日

living with running nose ~ in Germany~



cold

              寒

    freezing
                                  frio




freezing in Germany..........

Im craving for the sun in Spain now!!!!




well,i went to Koln from Amsterdam coz i had to pass by on the way to Berlin, but i decided to stop by.
needless to say,Koln is famous for the Kolner dom(under)


Just looking up this made me really tired.. but was so amazing coz i could see whole city from top of this cathedral,really freezing though.







a big bridge behind the cathedral.

so many locks by so many couples!


putain-----------------!!!lol





view from the other side of the river.




Even though i've stayed there just for a night as i had to visit my friend in Berlin, but i really liked its old city and jovial people.





and,,,,,,,next destination is Berlin!!







this is who i met in london,Juri--!!!!!!
and his friend, Maria**




mmmmm,,,,,,i forgot to bring my precious medicine for my nose with me.......







2010年10月12日火曜日

アンネの家とリートフェルトの家


オランダを訪れた一番大きな目的は、フェルメールでもレンブラントの絵でもなくて、アンネの家を訪れるためでした。

ロンドンにいた時に世界大戦についての本をよく読んでいたので、どうしてもこの家を日本に帰るまでに見ておきたいと思ったのです。






ドイツ軍によるユダヤ人迫害を恐れて、アンネの一家は1942年にアムステルダムのこの家に移り住みます。そして1944年にゲシュタポに発見されるまでの二年間をこの”隠れ家”で暮らしました。

隠れ家というのも、この家は表向きは会社のオフィスになっているのですが、オフィスの奥の本棚が仕掛け扉になっていて、その扉の向こうがアンネ一家と知り合いの家族を含む8人の共同生活スペースになっていたからなのです。

全ては死の行進から逃れるため、アンネの一家は、明かりもあまり差し込まない、物音もたててはいけないという過酷な状況の中2年間も生活をしたのでした。



アンネの家の前
今は一般に開放されていて、当時の資料なども見る事ができます。




実際中に入ると、天井の低さや、階段の急さなど、生活のしづらさに驚かされます。

生活の後は今でも残っており、生々しく彼女たちの二年間を肌で感じる事ができます。


上の写真で人々が並んでいるところをたったの60年前にドイツ軍が行進していたと思うと、鳥肌が立ちます。


そして、胸に黄色い星のバッジをつけた人々が、こづかれ、蹴られ、時には無差別に銃殺されながら、収容所までの道を歩いていたかと思うと、、、、、今の平和を疑わずにはいられなくなってしまいそう。


60年でこんなに変わるのかと。




でも今の時代にいる人が昔を知る事、それは負の歴史を繰り返さないためにもとても重要な事。

とアンネのお父さんのオットーさんが言っていました。


ちなみに彼が収容所から生き残って、アンネの日記を出版した人物です。



アンネ•フランク
1929~1945




そして、




その後に、アムステルダムから電車で30分のところのユトレヒトにも行って来ました!
友達に会うためとある家を見に。。。。

それはアンネの家とは対照的なとてもモダンな建物。

1924年に建築家リートフェルトによって建てられた、シュレーダー邸。







外観ではそのすごさはわからないのですが、中がすごい!!!!

まさにオランダ風忍者屋敷です!!

あれをあけたらあれが出てきて、、、そこをずらすと......................笑

日本語のオーディオガイドもついていてとても、楽しかったです。

ガイドのおねぇさんも元気リンリン!

コルビジェのサヴォア邸より個人的には好きかもしれないです。



ヘリット•リートフェルト
1888~1964





同じ時代に、オランダの戦火を見守った二つの家。

ちなみにシュレーダー邸は世界遺産に、アンネの日記は世界記憶遺産に登録されています。




そして、オランダの後はドイツ、このタイミングでドイツーー!!!


まだアンネに感情移入しまくりなのに!




それにしても、オランダ、自転車王国でした。




西友かーーーーーーーーーーー。笑