2017年9月4日月曜日

分母は60億ではなく



ご無沙汰しております。
30歳になって、すっと10の位が1つ増えたことに驚くほど驚かなかったけど、自動的に前の10年間が思い返される、というのがこのタイミングなんだと思います。きっと次の10年経った後もそう。

20代。
最初に就職した会社で、人生最大の挫折を味わい、金輪際ないほどの中途半端な行動をした気がします。
「社会人」というお札を当時の自分の全身に貼り付けてやりたいくらい。

そこからロンドンの日々とニューヨークでの生活の合間に、東京を入れたらあっという間に過ぎてしまった印象です。

その間30ヶ国近く訪れて、様々な文化、人種、考え方、習慣、宗教に触れました。
そんな中今思うことは、60億の人々はそれぞれとっても個人的な幸せを求めて生きているということ。良い意味でです。

価値観、何を持って幸せとするかは互いに違えど、やっぱり笑顔になりたい。身近な人が笑顔だと良いと思う。

個人の話、30歳になって、自分が幸せなら周りも幸せになってくれるんじゃないかと考えるようになりました。

周りと比べての相対的なものではなく、完全個人が良しとする生活、バランスがしっかりしてる人になりたいなと強く思います。

分母は1であるべき。世界の人の、周りの人の暮らしと比べても、自分の芯がぶれてしまいそうだなと思います。

30歳のスタートにふと思ったことです。

でもでもジムに行くとあんなマッチョめんになりたいぞぉーーと思ったりもします。笑

世界の国々のそれぞれの暮らしをもっとみてみたいというのは未だ変わりません。

次の10年も新しい世界にたくさん首をつっこむ気まんまんです。


おごま

2017年1月15日日曜日

旅について


ずばり
見たことない景色や文化や人の営みを
見たいから見る
というのももちろんありますが

遠く離れた国を別世界ではなく
もう少し近くに
感じながら
生きていきたい
という
勝手で少し親不孝な企み(何度か死にかけているので笑)
という方が当てはまりまして


そして電車やバスに揺られて
様々な場所に行く中で
出会う人々、文化の違い
それらが目から鼻から耳から入り
頭の中でぐるぐると混ぜられて
毎日自分が新しい何かを感じて変わっていく
旅とは
そんな、ねるねるねるねな気づきや発見が何よりも楽しみな
長めのより道
とも呼べるお金のかかる趣味です


ピラミッドからジャングルへ
このご時世
行けてしまうので
しかし、いかんせん冒険家ではないので
危険なところはいきません。


石橋を叩き割る、でも渡ります。


わたわた動いている20代
美容師として思うことは、世界のどこの人でもみんな髪を切ると
気持ちいいんだなということ。


今年はベトナムと北欧にろっくおん!


おごま







2015年12月15日火曜日

見かけについて


タトゥーにまみれたヘッドフォンがんがんの、今にも噛みついてきそうな黒人さんが誰よりも早く老人に席を譲ったりするので


人を見かけで判断してはいけないと再確認、そして実践の繰り返しだったNY。

趣味や嗜好は
外に
見えるところのふしぶしに出てきますが
その人の内側にあるもの
大切にしている
価値観や物事の判断基準なんてすぐにはわからないもの、だもんで、決して人の事を決めつけてかかってはいけないということ。

メルティングポットなサラダボウルの中においても未だ垣間見た偏見。

人種の違いは、文化の違い、文化の違いはしばしば誤解に発展し、だから何人はあーだこーだとなるもので、しかしそれでひとくくりにするのは極めて21世紀的ではないので、もう少し一個人にフォーカスしていきましょう。

なんてことをぼんやりアメリカにて学びました。

つまりつまり、最初からくもった眼鏡をかけて人を見てしまっては見えるものも見えないので、めがねめがね、ジャッジメンタルな視力など無い方がかえってよいのであるということ。

こちら東京では〜系と都民を分解する傾向がありますが、そこも文化なんでしょうか、おそらく移り変わるものなのでそれに捉われすぎたくはないものです。

ちなみにわたくしガテン系の肉体に憧れてる28歳です。

おごま

2015年8月2日日曜日

年齢について。


えー、ごほん、アメリカではあまり年齢を聞かれません。
日常会話で基本出てこない。
お酒を買う時にID提示を求められる程度だと思います。
よってあまり自分の年齢を気にしなくなります。
他人の年齢も然りです。
おじいちゃんくらいの年齢の人と平気で肩組んだりできる。
とても良いことだと思います。

一方、日本ではこの年齢というものが、人との距離をはかる尺度になります。
初対面から気にせざる負えません。
喋り方や身の振り方で、他人に失礼のないように。
誠実な距離感。
これまた良いこと。


人には精神年齢というものがあります。

肉体年齢というのも時々耳にします。
気持ちも身体も若くいたい。
世界中の誰しもが思うことです。

ところがどっこい、実年齢を数えることで、気にしすぎることで、この肉体年齢も精神年齢も老いていって凝り固まってしまわないかと最近思います。

その点、何歳らしく、何歳だから、なんてアメリカ人はあまり気にしてないように感じます。加齢にとてもポジティブどポジティブ。

時々、ひげもじゃノーヘルハーレー爺を見かけますが、まさにこれですね。

ぶっちぎりで若いです。
ディープパープル世代です。
歳を取ってなおハードボイルド。



2年住んでアメリカ人が教えてくれたことの一つ。
年齢が人にもたらすものとは
経験と豊かさであり、焦りや衰えではないということ。
従っておとなもこどもも一緒くた。
境界線は極めてだるんだるん。
何歳でも何でもできると思わせてくれるのが、ずばりアメリカの良いところです。



お祝いメッセージをくれた方々ありがとうございました☆

こちらでの生活も残りわずか。

より多くを吸収して帰れたらなと思います。

おごま

2015年4月7日火曜日

遠くへ行く人


あでぃおーす。

はスペイン語でまたねーです。
職場のスパニッシュの人が仕事終わりに言ってくれる言葉。
達者でなー感も含まれていて、からっとぱりっと響きがよくて個人的には好きです。

最近は、NYから大切な友人やお世話になった方々が離れていく事が多く、決して慣れることの無い寂しい瞬間に毎度まごついてしまいます。

けれど、彼らは新しい生活に向かっていくのだから、実は極めてポジティブな瞬間。

春の作用と作法にならって、笑顔で別れるのが本当ですね。

日本にいると、今生の別れというのにはあまり出くわさない気がするんです、日本にいる限りいつか会えるという気持ちがどこかにあるのでしょうか。

しかし、外国で出会った人(特に外国人)とは、本当にもうしばらく会わないかもしれないから、さようならを言うのがとても辛い。

別れてしばらくしてから、もういないんだと携帯の連絡先をスクロールした時とかにふと気づきます。





環境が変わると見える世界が変わり頭の中もがらりと変わる。

そして人は、静かに静かに、いたはずの誰かがいない生活に慣れていくのだと思います。


でもおそらく人と人とは会うべきときにまた会うようになってますよね、この世の中。

離れている距離と時間をものともせず、

変わったお互いに変わらないところを見つけれるはず、

そう信じて、

全てを前向きに受け止めていきながらぁあでぃおーす。

遠くへ行ってもお元気で。

新しい土地でまたはじめましてからたくさんの事がはじまると願ってます◎





2015年3月21日土曜日

家族の風景



3/20 金曜日 春分の日 大雪。

本来季節を分かつ筈の日ですが、午後未明にふりだした雪により冬のふりだしに逆戻り。
職場の最寄りの駅、Greenwichも雪にまみれて、広瀬香美を流して加藤春彦のポスターでも貼りたい雰囲気です。古)
あぁ、うらめしい春うらら。

前回触れたいつもお世話になってるAmy。彼女の家はこのGreenwichから更に1時間ほど。
まるで映画Fargoのような雪の中の小さな町にある、ブランコつきの一軒家。
去年から祝日がある度に招待してもらっていたので、最寄り駅までの乗り換えも、今ではちょちょいのちょいです。
遡ること数日。先週末の日曜日にセントパトリックスデイを祝いに一泊二日でお邪魔してきた時のこと。

朝10時。車で駅まで迎えに来てくれた、Amyの車に乗り込んで、一路旦那さんMattの実家に。
僕の席は二つの快適なチャイルドシートに挟まれた真ん中の、人呼んで、とりあえずあんたそこ座っといてシート。狭すぎる、両サイドから子供に髪を引っ張られる。あぁうらめしい春うらら。
Mattの家系はアイルランド人なので、アイルランド人の祝日のこのセントパトリックスデイを家族で祝うのが、一年の決まりごと。
ソーダブレッドという外がかりっとしたスコーンのようなパンと、塩の効いたコーンビーフとキャベツを食べるのが伝統らしく、ドレスコードはグリーン、マンハッタンの街もこの日は緑に染まります。
流れる音楽はアイリッシュの陽気なカントリーミュージック、黒ビールとウィスキーを入れたアイリッシュコーヒーで酔っ払った人々は音楽に乗せて陽気に踊ります。

美味しいご飯をご馳走になった後、今回は何故か知らないけど、酔った大人と子供達でパズル大会をしました。ほろ酔いの頭で夢中になってピースを探す。気がつけば日が落ちて夕方になり、Amyの家に帰って飲み直して9時くらいに眠るという、とてものどかな休日。

右下がAmyと息子Finn,右上がMatt,犬の隣が娘のGretchen


次は来月のイースターという祝日に招待してもらっています。いつも、どこの馬の骨ともわからない日本人を、大事な家族の日に呼んでくれて感謝の気持ちでいっぱいです。

どうやらこうやら、
アメリカに一歩踏み入れたその時から、星条旗という大風呂敷に包まれて、その中の人の輪に知らず知らずのうちに組み込まれていくもんなんですね。
ふところが大きい国。
Amyの家族とテーブルを囲んでいる、そんな何気ない瞬間にこう思います。


すっと、気持ちを日本に飛ばして、家族のみなさん今日も元気に生きていますよーーと。


この時々のブログで伝わればいいなと思います。




2015年3月5日木曜日

アメリカで働いてみて。


こんにちは。

日本はあたたかくなってきたと親から聞きましたが、NYは相変わらずスキー場の様な天気が続いています。
毎日ドラゴンドラの上です。(苗場)

さてさて、初めて仕事のことを書きます。

今働いてるサロンはお値段がちょっとばびゅんとすっ飛んでます。カットは15000円から、なんとオーナーは3万円です。カットとハイライトとネイルで10万円払っている人もみかけます
お客さんの会話は、来週ドバイに行く話や、お抱えのパイロットの愚痴や、持ってる動物園の動物達の話などなど。笑


わっはっはーー


次元が違うぜー


子象くれーー


といった感じですね、はい。


本格中華バーミヤンにでも連れていってリアクション見たいです。余談です。はい。


しかし、高級なイメージに反してお店はとても和やかな雰囲気。スタッフの仲もよく、個人的にかなり恵まれた環境で働かせてもらっているなと思います

そんな中、最近、職場のチームが変わりました。1年半一緒に働いて、ブローやスタイリングを叩き込んでくれたAmy(40歳)のもとを離れ、Vidal Sassoonのディレクターも兼任するMichael(50歳?)と働かせてもらうことに。
仕上げを僕が担当し、お客さんの合間にカットの理論を一から図解で教わる日々です。

新しい技術を学べることにはわくわくしていますが、Amyとは家族ぐるみの仲だったので、少しさびしい気持ちもあります。
家に遊びに行って一緒にパーティをしたり、彼女の子供と一緒に雪山にXmas用のもみの木を切りに行ったりと、アメリカの文化を何も知らない僕にとてもよくしてくれました。
彼女と働く最終日、お店が変わるわけではないのに、Amyは泣いてくれました。
いつだってSoのアメリカのママは私だからね、と。

今の職場には様々な国籍の人が在籍しています。
アメリカ人、ブラジル人、エクアドル人、ドミニカ人、フランス人、チェコ人、スロバキア人、ロシア人、ペルー人、ウルグアイ人、日系ハワイ人、日本人などなど。

そんな彼らと働くこと。


もちろん。


常識が通用せず、あっけにとられることもあります。


言葉がうまく伝わらず、悔しい思いをすることもあります。


けれど、一つの目標に向かって苦楽をともにすることで、言語や文化の壁を越えて、かけがえのないものを共有することができます。



振り返ると、技術以外の何かとても大事な事を学ばさせてもらっている気がします。


2年近く住み、そこにいて働いてることが当たり前になってきてはいましたが、Amyが泣いてくれたあの日、アメリカに来て働いてよかったなと心から思ったのでした。






2015年2月20日金曜日

食器





最近、日本に帰っていた際に、祖母の家から歩いて15分の神楽坂の駅前のla kaguという、おしゃれなよろず屋さんに立ち寄って、

晴れた日の昼下がりの予想外のカフェコーナーの人の賑わいと、それをよそ目にしゃなりしゃなりと並ぶ高そうな洋服のコントラストにたじろぎながらも二階に上がると、

すっと自然に引きつけられるように一つのカップと目が合いまして

どう見ても見覚えのあるそのカップは、我が家にあるものとまるで同じ物、そして同じ佇まいでぽつねんとお店の角に置いてあり、

自分が小さい頃、両親の飲むコーヒーの香りが何やら煙たかった頃から我が家のテーブルにあったそのカップ、そしてソーサー、

そんな彼らを家の外の見知らぬお店で発見することはとても嬉しい偶然で 、

北欧made、

どこで作られた物であろうと、懐かしい気持ちを遠くからか運んできてくれました。

よく見ると、一つのセットがかなりの値段で売られていたので、

小金井の実家に帰り、親にいきさつを聞いたら昔は安かったとのこと、

ヒビも入らず何十年も小駒家とコーヒーのある風景を見つめてきたカップとソーサー、

こっそり一つアメリカに持ち帰ろうと思ったけども、

定位置は小金井市、

空港に向かう前のほっと一息、コーヒーをゆっくり飲んだだけにしておきました。

果たしてその昔、北欧から海を越えてきたのか、空を飛んで来たのか、

人と物は今も昔も世界中を巡り巡っているのだなと再確認させられた、

今回の帰国の思い出です。



2015年2月8日日曜日

オザケンに会いたいの巻



NYで暮らしていると、土地柄か、有名人の目撃情報をよく聞く。

スーパーモデルがレストランにいただの、リアーナがお寿司を食べていたとかとか。
日本人だと、野球のマー君と奥さんがどこそこでご飯を食べていたとかいないとか。

そういう話を聞くたびに思うんです、

いや、わしはレディーガガより誰よりオザケンに会いたい。と。笑

NY在住の彼は、マイカー(おそらくカローラではない)を乗り回して移動しているらしい。

求む、目撃情報。
再確認、自分に潜むミーハー性。

歌詞が本当にいいと思うんです。

さよならなんて云えないよ

という曲がすきです。



2014年10月24日金曜日

じゅめそびゃん

中秋の米。
こめじゃない。
アメリカはNY、最近は月がなんともおぼろげに黄色く綺麗でした。
ぐさっと、エンパイアステートビルに突き刺さりそうです。
空を見上げながら、秋を含んだつんとする空気を吸って、いっそこのまま鼻炎も治ったらいいのにと本当に思います。
しかし一年くらい前にも同じような事を書いたけど、なんで外人さんて半袖なんでしょ。
今、このシーズン。
D・スペクター氏もきっと日本で半袖だ。

北に向かうと寒くなるのが地球の常識。
動物達は本能的に知っているし、北に行けば行くほど毛で覆われた動物が増えてくる。
残念。ハゲタカは寒いところでは生きれません。
人間も同じで、緯度を北に超えれば一枚また一枚と重ね着を増やさなければなりません。でも増やせば行ける。ずんずんずん、いくらでも北に。
最近思った事は、世界中の景色を見れるのはヒトしかいないということ。幸運です。
ハゲるかも知れないけどヒトでよかった。

少し前に休日を利用して行ってきたカナダのケベック州とNYの気温の差は、重ね着1枚くらいの差でしょうか。
ばびゅんとまっすぐ北に車で6時間。
国境を越えると標識がフランス語に変わるから厄介です。

けやきのき。
メープルの名前で親しまれるこの木の葉を国旗に掲げる国カナダ。

もともと住んでいたのは先住民。
のそっとそこにやってきたのはフランス人とイギリス人。

二つの大国が大砲を交えてからは時が経ち
今でも色濃く残るヨーロッパの町並みと
広がるのは大きな自然とメープルの香り。

ローレンシャンの山々に分け入り、耳をすますと聞こえてくるのは
キツツキが木々を叩く軽快なリズムとけやきの葉がすれる音。

そんな自然と街とをつなぐのは、メープル街道という文字通りけやきに囲まれた道。望むは森。

鹿飛び出し注意!の看板を横目に
すれ違う車のナンバープレートに刻まれているのは

<Je me Souviens/わたしはわすれない>

という言葉。

意味は、過去から受け継がれてきた伝統わすれないということ。らしい。

発音はおそらく、じゅめそびゃん。

深呼吸。
狙うは秋から冬の境目の
木々が紅く燃えるように染まるその瞬間。
吐き出すのがもったいない。

叶うなら次はもっと北に。
オーロラを観にアラスカに行ってみたいです。






2014年10月3日金曜日

みるみるうちに

おっくとぅーばー。

秋ですが、みなさんいかがお過ごしですか。

涙ちょちょぎれながらも太鼓の音やヒップホップに別れを告げて、黒人の多いハーレムを後にしました。

数ヶ月。
楽しい思い出もたくさんありますが、バスで黒人のおばちゃんにお腹でばいーんと突き飛ばされるのはもうごめんであります。


ということでまたまた引越しですお引越し。荷物畳んでほいほいほい。
慣れ親しんだクイーンズに戻り、落ち着いた日々を送れそうです。


さてさて、長い人生、ふとした時に耳を通り過ぎた曲が一生聴いていく曲になったりすることがあります。

場所も同じく、昔訪れたNYの街。
まさかここで何回も季節を巡ることになるとは思いもよりませんでした。

二回目の秋、そして冬へ。



夜が増え、もうそろそろお化けかぼちゃが街をオレンジに染める季節です。




新しい最寄り駅 woodside 

2014年5月27日火曜日

英語筋

えいごきんです、えいごきん。すじではございません。ご注意、注意。

最近思うことは、語学習得は筋トレみたいなものだということ。


一朝一夕では身に付かなく、日ごとの成長は全く目に見えないものであり、気を抜くとすぐに衰えてしまう。


みっちり毎日ジムに通ってつけた筋肉も、しばらく何もしなければひょろりとすぐに萎れてしまい、留学して身につけた英語も帰国して使わなければ、悲しいほど早く抜けてしまう。


でもどちらも毎日少しの時間でも続けていれば、必ず維持することができ、自分を高める+αになる。



自分のこと。

公文で英語を習い始めたのが10歳くらい、中学生になり英語が必修科目になり3年間、さらに気が色んなことに散りながらも学んだ高校生活の3年間、美容学校に行きながら吉祥寺のECCに何故かウエンツという名前で通った2年間、本場ロンドンの語学学校に侵入して1年半、更にNYでも英語を学んで、毎日新しい事を学んでいる現在。

気がついたら、人生の中で何よりも英語を継続して学んでいる事が判明してびっくりした今日この頃。

人生歴26年、英語学習歴16年。


しかし、継続は力なりとは言えども、まだまだペラペラとはいかないのが現状で。職場でも時々同僚に伝わらず、聞き返されることもしばしばです。

ペラペラ、ペラペーラ、ペんラペーーら~~~ペラペ。

はたしてペラペラとはなんでしょうね。どこまでできればそうなるのかは全くわかりません。




ここでまた最初に戻りまして、全世界で筋トレをしている人々、会社の上司や隣のご主人、向いのホーム、路地裏の角でジムのパンフレットを読みながらスクワットしているあいつやあの子。


果たして彼らの目標はムキムキのボディビルダーでしょうか。


いや、そんなことはないはず。


何かに向けて、身体と毎日の日々をぴりっと引き締める為に、筋トレをしているに違いありません。


ペラペラ=ムキムキ とするならば、どちらも完璧を目指さなくても良いのかなと思います。


英語はもう少し身近なもの。何か小さな目標を立てながら毎日少しでも続けていけるものであり、日常に取り込まれるべきものではないでしょうか。


外国人の友達を作るため、外国人のお客さんと話せるようになるため、目標を決めて毎日少しでも時間を割けばきっと上達していくと僕は信じたいです。徐々に割れていく腹筋のように。





この写真でのsquattingはしゃがみこむという意味になります。
筋トレ on the toiletではありません。





ということで、金髪のお姉さんが英語で喋っている筋トレのビデオを毎週借りると。

これが忙しい現代人への最高の解決法となります。笑



2014年5月12日月曜日

住めば都

春。
いつからかは特にわかりませんが、一年経ったら住み慣れない街が居心地の良い場所に様変わりしていました。
思うに人間誰しも少なからず適応力は生まれながら持ち合わせているわけで、そこにはどんな加減も乗除も関係なく、ある時を境に右も左もわからない場所がナワバリになり都になるわけです。
たとえ何度住む場所を変えても必ず出会いと別れがあり、鳥肌の立つような素晴らしい経験と、どうにもやりきれない悲しさが自分を待ち受けています。
楽しめるか否か。要は何処にいるも暮らすも自分次第だということ。






NY、今日は快晴。

空を飛ぶ飛行機を眺めながら、果たして彼らは帰るのか向かうのかと。



物理的な距離を感じるのは仕方ないながらも、何と言っても家族への想い、生まれ育った場所への懐かしさと郷愁を覚え、忘れずに、身体を大事に生きるのみです。
みなさん母の日ですね。
お母さんと呼んだ事はないけれど、いつもありがとう。

                         次男

2014年4月16日水曜日

毎日すれ違う人



きっと、この街で生きている人々の祖先をたどるとどこかで交差していて

人と人との点を線で結ぶと、やがて大きな円になって世界のかたちをつくり

過去に憎みあったかもしれない人々と同じ街で暮らしていて


同じ言葉をしゃべっている

そんな、小さな奇跡に似たものをふと感じながら歩くと

世界は本当に思ったより小さいものだと感じさせられる


肌の色、目の色、それらはカラフルに個性を彩るものであり


違う

ということを受け容れることがキーワード





そして知らず知らず、鱗のように脳みそに重なった偏見や差別を無くし

自分の頭をスポンジのようにしてくれること

それこそがマンハッタンという小さな島に溢れる

見落としがちな最大の魅力だと、ふとした瞬間に思います






2014年4月2日水曜日

イタリア

こんにちは
日本ではもう桜が咲いているようですが、こちらはもう春かと思えば粉雪が舞ったり、雨が急に降ったりと、気まぐれな天気に翻弄されないようにまだ少し多めに着込んでいる状態です。

そして少し暗い、太陽が見えない日があるとロンドンの事を思い出します。晴れる事が少なかったイギリスの冬。雲の切れ間から太陽が出るのを待ち望んでいたのをよく覚えています。
思えばロンドンにいたのは四年前。
イタリア人と住み始め、働き始め、1年半の暮らしは、矢のように過ぎて。
不思議と、楽しかった思い出の中にはいつもイタリア人がいた気がします。
旅行でも数回訪れ、ローマで財布を盗まれたり、ミラノで持ち物全てを盗られたり。良い思い出ばかりではないけれど、彼等には感謝してもしきれない恩があると思います。人生は楽しいもの、細かいことを気にしてもしょうがないと彼等の生き方が、そう教えてくれた気がします。
遺伝子的には、かなりかけ離れたものを持つ日本人とイタリア人。
奔放で自由気ままに生きている様に見える彼等も、時々見せるナイーブな一面には日本人として少し共感できるところがある気がします。

納豆を冷蔵庫に入れていたら、臭いと言って捨てられました。そして僕は彼等のブルーチーズをゴミ箱に捨て返しました。ケンカになりました。でもすぐ仲直りしました。ワインを飲んで、ラザニアを一緒に作って。
長靴の国から来た彼等。ここNYでもイタリア人の友達が増えてきたのは偶然でしょうか必然でしょうか。


髪を切りに行ったらランチを作ってくれたお客さん。

ヴェネツィアから。






花よりエスプレッソ。
桜が待ち遠しいです。



2014年3月13日木曜日

ヨガ事情


こんにちは、最近パスピエが頭の中で常にリピートされています、おごまです、お元気ですか?

彼らは日本のバンドで、相対性理論と東京事変とYUKIとフジファブリックを、足して天日干しにして2で割ったようなバンドです。くせになるというかなんというか。こういうジャンルをなんて言うんでしょうか。


あ、ヨガについてです。
あのですね、街を歩いているとですね、ヨガマットを背中にかけている人をよく見かけます。
大体、中央線に乗ってるバンドマンくらいの確率だと思います。いや、サイゼリヤで昼からワインを頼む人と同じくらいか。それとも、サンリオピューロランドのピューロの意味を即座に答えられる人くらいでしょうか。
ちなみに僕はピューロの意味を知りません。




それはさておき、体格のいい人が多いイメージを持たれがちのアメリカ。でも都市でバリバリ忙しい日々を送っている人達は、健康維持にも余念が無いんですね。比較的締まった体つきの人が多いと思います。ヨガマットを持っている人達は特にであります。





今僕が行っている所はとても手軽に始められるスタジオなのでオススメです。
その名もyoga to the people。
人々のためのヨガとあって、お値段もお手頃で、寄付金(3~10ドルくらい)を払えば一時間みっちりとヨガを受けられます。
ヨガマットも2ドルでレンタルでき、英語がわからなくても周りの人のマネをしていればクラスにはついていけるので、NY旅行に1時間のヨガを組み込んでみてもいいかもしれません。

国籍の違う人々との半裸の付き合い。素敵な思い出になる事間違い無しです☆

数年前にインドを一ヶ月以上かけてぐるっと一周していた時に出会ったヨガ。
体と心がフラットに整う感じがとても好きです。終わった後に優しい気持ちに包まれます。高校サッカーのハイライトを見てほろりともらい泣きした後の清々しい感じに似てますね、これね。

呼吸を整えて少し身体を伸ばすだけで、今まで届かなかった世界にも触れられそうな気がしてくるのは僕だけでしょうか。




                                      おご